2015年01月30日10時25分

■friend 室井佑月



 地方の寮のある中学に入っている息子が、冬休みで帰ってきた。ということで、飯作りと洗濯に追われる日々だ。

 私立なので冬休みは一ヵ月もあり、ちょくちょく地元の友達が遊びに来て泊まっていく。それに、今年は寮の友達がやって来た。

 お友達と遊ぶのもいいのだが、息子の冬休みの緊急課題は、学校の成績を上げること。学年で真っ先に停寮(停学みたいなものです)をくらい、その上、成績も悪いってどうなのよ。

 という話を、冬休み前、息子の学校の同級生Kくんのお母さんにした。このお母さんとは、息子がおなじ運動部で仲が良いこともあり、息子を飛び越え友達になった。もう恥ずかしいなどといっていられないレベルの話である。なにか良い案はないかと思って。

 Kくん母は、

「うちも相談しようと思ってた(大阪弁)」と答えた。

 それから成績の悪い息子を持つ母二人で深く話し合った。そして、息子たちを東京の塾の短期集中講座に通わせることにした。集中講座は四日間。厳しいと評判の塾である。朝の九時半から夕方の五時半まで。Kくんの家は大阪なので、その間は我が家に泊まり込みになる。

「しょっちゅう地元の友達が来てるから、慣れてるし、大丈夫。とにかく、ビシバシやらせよう!」

 そう盛り上がっているところに、これまた息子とおなじ部活の鹿児島のSくん母が乗ってきた。

「あの?、うちもその話にまぜてもらっていいかしら」と。

 もちろんですよ! 息子たちはおなじ部活でおなじ寮生活で仲良しだ。成績もおなじくらい。となれば、おなじような息子を持った母は、おなじような悩みを抱えているわけで、すぐに結託したのだった。

 Sくんの参加も決まった。勉強嫌いの息子たち。だが、たった四日間、三人一緒ならなんとかなるっしょ。

 とりあえず、組み立て式の二段ベッドを購入した。西出身の二人に東京は寒いかもしれない。床に直敷きの布団じゃね。

 だが、この二段ベッド、組み立てるのが難しい。あたしたちは不器用な親子である。息子と必死に格闘すること三時間。

 息子はパーツの一つを床に放った。

「あんたと二人じゃ、永遠にこのベッドは組み立てられない」

 そして助っ人を呼んだ。地元の友達三人だ。

 三人は我が家に集合し、リビング一面に広げられている組み立てベッドのパーツを見て「すごいことになってんな」と笑った。

「Y(息子の名)は不器用だからなぁ」

 勉強もせず超難関私立中学にするりと入った天才Iくんがいう。

(そういえば中学受験時代も、おなじ塾に通っていたIくんに、うちの息子は「もっと要領よく勉強しろよ」と励まされていたっけ。君の後ろ姿を見失わないようにすることで、うちの息子は受験を乗り切ることができたんだ)

 体は小さいもののみんなのリーダーHくんは、説明書にさっと目を通し、ほかの二人に的確な指示を出した。

(これだけイキのいい男が集まって、小競り合いはあるものの、派手な喧嘩が起きないのは君のおかげだ。喧嘩が起きる直前に、素早く話を変えるんだよね)

 中一にして一七五センチも身長があるKくんが、いちばん太い柱を軽々と持ち上げニッコリ微笑む。

「おばさんじゃ、こんな重いの持ち上げるの無理だよ」

(君の笑顔はほんとうに可愛い。買い物にいって、君は自分から重い荷物を持つんだよ)

 みんな良い子たち。小学生の頃から知っているが、

(こんなに大きくなっちゃって)

 そう思ったら、目頭が熱くなってきた。泣いてるところは見せたくないので、台所に避難した。後ろから声が上がる。

「おばさん、狡いぞ! 面倒臭いことから逃げるのか!」

 ま、そうしたい気持ちも少しある。鋭いじゃないか。

 あたしは冷蔵庫からビールを取り出してきて、みんなの前で飲みはじめた。

「狡いぞ。一人だけビール飲んでら!」

 非難の声が上がる。あたしも大声を張り上げる。

「おばさんだって、早く君たちと酒を飲みにいきたいさ!」

 七年後か。たぶん、それはずいぶんと先のようで、そう遠くない日なのだと思う。

 あたしは知っている。あたしが気配を消すと、みんなで好きな女の子の話をはじめるようになったこと。ついこの間までは、ゲームの話一色だったのに。

 テキパキと組み立てられていくベッド。あたしより大きくなってしまったみんな。ものすごく頼もしく、ちょっと切ない気がした。

 誌面の都合で、大阪Kくんと鹿児島Sくんの話はまた今度。


イラスト:マツダハルカ


室井佑月(むろい・ゆづき)
1970年生まれ。青森県出身。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『Piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん、あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、「ひるおび!」(TBS)、「中居正広の金曜日のスマたちへ」(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。


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