2015年03月25日18時40分
■若者3VSオバチャン 室井佑月
今年の冬休みは、息子の学校の友達が我が家にやって来た。寮も部活もおなじ、大阪のKくんと鹿児島のSくんだ。
うちの息子を含め三人とも、成績までおなじく悪い。
なので親同士で話し合い、厳しいと評判の塾の冬期集中講座・四日間に通わせることにした。
厳しいと評判の塾は東京にあって、その間はKくんもSくんも我が家に泊まり込みとなった。
勉強合宿だ。
長い休みになると地元の友達がちょくちょくやって来るが、中学のお友達が泊まりに来るのははじめてだ。勉強合宿なんてのもはじめて。
Kくん母、Sくん母に事前にこういわれていた。
「頼むよ、うちらの馬鹿息子を徹底的にしごいてね」と。
了解。可愛がるだけが、愛じゃないもの。とにかくやつらの問題点である、低迷気味の成績をどうにかしなくちゃ。
あたしは合宿の五泊六日(家が遠いのでKくんSくんとも前日入りした)鬼教官と化した。
息子たちは朝から塾へゆき、夕方に戻ってくる。「早く、早く」と息子たちのお尻を叩き、ご飯を食べさせ、風呂に入れる。なぜならその後、宿題をさせねばいけない。
さすが厳しいといわれる塾である。宿題はがっぽり出た。もちろんあたしは、終わるまで見張っていた。
見張っていないと、勉強嫌いのあいつらはすぐに勉強をサボる。誰か一人がしゃべりだすと、それに乗っかって他の二人もしゃべりだす。誰か一人が鼻歌をうたうと、それにつられて他の二人もうたう。いつの間にか大合唱になっている。
学校の寮では毎日三時間の自主勉強時間が設けられている。おなじ学校の入学試験を突破して学校に入った子は、どの子も入学当初はおなじような成績だと先生から聞いていた。
入学して一〇ヵ月。君らの成績がなぜ悪くなってきたか、おばちゃんはわかった気がする。(君らはほんとうに似ている。勉強嫌いなところも、すぐにふざけだすところも、先生にしょうもないことでちょくちょく叱られているところも。これで仲良くならないはずがない。顔まで似ているように見えてきた。もしかして一生の友になるかも。残念であるのはこの中に、一人でいい、向上心を引き上げてくれる友も交じっていたらよかった)
というようなことを考えたが、いってもしょうがないことだし、向上心に燃え遊びの誘いを断っても勉強するような子は、お気楽なこいつらとは絶対に友達にならないに違いないから、その言葉は飲み込んだ。代わりにいった。
「あたしを含め君らの親御さんは、君らに多大な期待をかけている。今は落ちこぼれでも、必ずや這い上がると信じている。這い上がって天下を取るって信じている。その期待を裏切るような真似はしないように」
三人は三人とも、ゲラゲラ笑った。
「誰が期待かけてくれっていったよ」
「天下? なんじゃそりゃ、古っ」
「その期待が迷惑だよなぁ」
たしかに、大げさだったか。思わず一緒に笑いたくなったけど、堪えた。
そうやってすぐに話を脱線させ、勉強をサボろうとする。もうわかってますよ。
あたしは彼らの話を途中で遮っていった。
「親はね、みんな期待するに決まってる。バカな子でも愛しちゃってんだから。迷惑でも、諦めな。ほら、さっさと問題を解く! ピッチ落ちてんぞ。集中! 集中!」
すると、三人はしぶしぶながらも、また勉強のつづきをはじめた。
あたしは意外と教育者に向いているんじゃなかろうか。
そうそう、合宿中は深夜の見回りも忘れなかった。初日は消灯時間後に、あいつらは隠し持っていたゲームをしていた。もちろん、ゲームは取り上げた。
その翌々日は、隠し持っていた漫画をまわし読みしていた。もちろん、漫画も取り上げた。
睡眠時間を十分に取らなくては、脳みそが働かないだろう。塾へいってから脳みそがフル活動できるように、朝ご飯は強制でたくさん食べさせた。
どうですか、このあたしの鬼教官ぶり。
冬休みが終わり息子たちは寮に帰っていった。それから一ヵ月。
来週、たまたま仕事で息子の学校のある町に行くので、ちょこっと学校に寄って、三人にハッパをかけてくるつもり。
「どりゃーっ! 勉強やってるか!」って。
イラスト:マツダハルカ
室井佑月(むろい・ゆづき)
1970年生まれ。青森県出身。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『Piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん、あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、「ひるおび!」(TBS)、「中居正広の金曜日のスマたちへ」(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
うちの息子を含め三人とも、成績までおなじく悪い。
なので親同士で話し合い、厳しいと評判の塾の冬期集中講座・四日間に通わせることにした。
厳しいと評判の塾は東京にあって、その間はKくんもSくんも我が家に泊まり込みとなった。
勉強合宿だ。
長い休みになると地元の友達がちょくちょくやって来るが、中学のお友達が泊まりに来るのははじめてだ。勉強合宿なんてのもはじめて。
Kくん母、Sくん母に事前にこういわれていた。
「頼むよ、うちらの馬鹿息子を徹底的にしごいてね」と。
了解。可愛がるだけが、愛じゃないもの。とにかくやつらの問題点である、低迷気味の成績をどうにかしなくちゃ。
あたしは合宿の五泊六日(家が遠いのでKくんSくんとも前日入りした)鬼教官と化した。
息子たちは朝から塾へゆき、夕方に戻ってくる。「早く、早く」と息子たちのお尻を叩き、ご飯を食べさせ、風呂に入れる。なぜならその後、宿題をさせねばいけない。
さすが厳しいといわれる塾である。宿題はがっぽり出た。もちろんあたしは、終わるまで見張っていた。
見張っていないと、勉強嫌いのあいつらはすぐに勉強をサボる。誰か一人がしゃべりだすと、それに乗っかって他の二人もしゃべりだす。誰か一人が鼻歌をうたうと、それにつられて他の二人もうたう。いつの間にか大合唱になっている。
学校の寮では毎日三時間の自主勉強時間が設けられている。おなじ学校の入学試験を突破して学校に入った子は、どの子も入学当初はおなじような成績だと先生から聞いていた。
入学して一〇ヵ月。君らの成績がなぜ悪くなってきたか、おばちゃんはわかった気がする。(君らはほんとうに似ている。勉強嫌いなところも、すぐにふざけだすところも、先生にしょうもないことでちょくちょく叱られているところも。これで仲良くならないはずがない。顔まで似ているように見えてきた。もしかして一生の友になるかも。残念であるのはこの中に、一人でいい、向上心を引き上げてくれる友も交じっていたらよかった)
というようなことを考えたが、いってもしょうがないことだし、向上心に燃え遊びの誘いを断っても勉強するような子は、お気楽なこいつらとは絶対に友達にならないに違いないから、その言葉は飲み込んだ。代わりにいった。
「あたしを含め君らの親御さんは、君らに多大な期待をかけている。今は落ちこぼれでも、必ずや這い上がると信じている。這い上がって天下を取るって信じている。その期待を裏切るような真似はしないように」
三人は三人とも、ゲラゲラ笑った。
「誰が期待かけてくれっていったよ」
「天下? なんじゃそりゃ、古っ」
「その期待が迷惑だよなぁ」
たしかに、大げさだったか。思わず一緒に笑いたくなったけど、堪えた。
そうやってすぐに話を脱線させ、勉強をサボろうとする。もうわかってますよ。
あたしは彼らの話を途中で遮っていった。
「親はね、みんな期待するに決まってる。バカな子でも愛しちゃってんだから。迷惑でも、諦めな。ほら、さっさと問題を解く! ピッチ落ちてんぞ。集中! 集中!」
すると、三人はしぶしぶながらも、また勉強のつづきをはじめた。
あたしは意外と教育者に向いているんじゃなかろうか。
そうそう、合宿中は深夜の見回りも忘れなかった。初日は消灯時間後に、あいつらは隠し持っていたゲームをしていた。もちろん、ゲームは取り上げた。
その翌々日は、隠し持っていた漫画をまわし読みしていた。もちろん、漫画も取り上げた。
睡眠時間を十分に取らなくては、脳みそが働かないだろう。塾へいってから脳みそがフル活動できるように、朝ご飯は強制でたくさん食べさせた。
どうですか、このあたしの鬼教官ぶり。
冬休みが終わり息子たちは寮に帰っていった。それから一ヵ月。
来週、たまたま仕事で息子の学校のある町に行くので、ちょこっと学校に寄って、三人にハッパをかけてくるつもり。
「どりゃーっ! 勉強やってるか!」って。
イラスト:マツダハルカ
室井佑月(むろい・ゆづき)
1970年生まれ。青森県出身。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『Piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん、あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、「ひるおび!」(TBS)、「中居正広の金曜日のスマたちへ」(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
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- 5L編集部
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