2015年08月11日10時10分

■他人にもできること 室井佑月


イラスト:北川原由貴

 『毒親』という言葉は、もうすっかり世の中に浸透したみたいだ。

 これまであたしは、

(生まれたときから親は親であるわけで、はっきりと虐待されたとかいうのじゃなければ、自分にとって親が良かったか悪かったかなどということは、考えるべきじゃない)

 そう思っていた。

 だってほら、小さな頃から一緒にいる母親が、ブスか美人かなんて、客観的にはわからないじゃない? 親ってそういうものじゃないかと。

 けれど、そんな簡単な話じゃないみたいだ。

 数年前、レギュラーで出ているラジオに、「毒親のせいで自分の人生が上手くいかない」という内容の本を書いた方がゲストでいらした。その方の著書を読むと、その方のそれまでの人生が辛いものだったのは、たしかに親のせいもあると思った。

 しかし、子の親でもあるあたしは、どうしてそこまでこじらせてしまったのかと思ったし、正直いえばなんともいえない厭な気分になった。そして、なにもわからないくせにそういう気持ちを抱いてしまったことに対し、罪悪感を持った。

 それから、テレビに出るタレントさんが『毒親』についての告白本を書いたといえば、読んでみたりした。

 それでわかったことがある。

 みなさん、親に対する鬱憤を晴らしたいがため告白しているのではなく、現在の自分と向き合うため、親との辛い関わりを書いているのだった。それをしないと、生きていけないからそうしている。

 やはりあたしは、どうしてそこまでこじらせてしまったんだという感想だ。

 『毒親』の告白をする人に対して、世間では「子どもを育てるのがどんなに大変なことかわかっていないだろう」という人や、「親にだって親の意見がある」という人もいる。

 でも、あたしは、子どもがそれをしなくてはこれから先、生きていけないというのなら、するしかないんじゃないかと思う。

 実際、あたしが息子にされたら厭だけど。死にたくなるに違いないけど。それでも親なら、そんなことで子どもが生きていられるなら、と考えるべきだろう。そして、そういった親なら、子に『毒親』なんていわれっこない。

 しかし、そういう心の根っこの話し合いなんて、親子でしたりしない。つまりあたしも息子に『毒親』だといわれる可能性はゼロではない。

 親は代えられないし、子どもだって代えられない。そんな中、たまたま意思の疎通が難しい、相性の悪い組み合わせだってあるだろうと思う。ラジオで出会った方にふたたび会うことがあっても、あたしは居心地悪く、その場にいるだけだ。部外者に出来ることなどないのだから。――ずっと、そんな風に思っていた。

 けれど、ずいぶん時間が経ってしまったが、数日前、そんなこともないとわかった。

 20歳ほど、歳の離れた女友達がいる。もともとは20歳ほど歳の離れた彼女のお父さんと、仕事仲間で友達だった。

 彼女は異常なまでの引っ込み思案だ。だが、なぜかあたしとは会った瞬間からくだけてくれた。少し話しているうちに、読んでいる本や、興味あることも一緒だとわかり、急速に仲良くなっていった。

 彼女と話をしていると、自分の頭の中でぐちゃぐちゃになっていた事柄が、不思議と整理できるのだった。向こうもそう思っていてくれたら嬉しい。

 彼女の家に遊びにいって酒を飲んだときのことだ。彼女がつまみに、お手製のピクルスを出してきた。とても美味しかったので、絶賛した。そして、自分の家でも食べたいから、作ってくれとずうずうしくお願いした。

 すると彼女はいきなり慇懃になり、「ありがとう」といってきた。「こんなに誉めてもらうのはじめて」だと。

 それから彼女は親の話をしだした。あたしの友達でもある彼女の親は、『毒親』とは真逆の立派な人だが、彼女にはそれが辛かったみたいだ。どうして彼女が異常なまでの引っ込み思案になったのかもわかった気がした。

 ひと通り、彼女の話を聞いてから、あたしはいった。

「そりゃあ、あんたは悪くない。親がすごすぎるだけ」

 ほんとうにそう思ったから。彼女は「すっきりした。ありがとう」ともう一度いった。

 いや、こっちこそ「すっきりした。ありがとう」だよ。親との関係を悩んでいる人に対し、できることなどないと思っていたけれど、そうじゃないってわかった。

 親じゃなくても、相性の良い人がいればいいんだ。たぶん、そう。


室井 佑月(むろい ゆづき)
1970年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ~ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。

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