2016年03月02日10時00分
平穏無事を 期待する 室井佑月
イラスト:北川原由貴
冬休みで、地方の寮のある学校から息子が帰省した。だが、今年の冬休みは、去年までの冬休みと様子が違っている。
息子の地元のお友達は、2カ月後に高校受験がある。なので、以前のように3日間連続で我が家に泊まり込んでダラダラと……なんてことはできない。
「毎日、朝から晩まで塾があってさ」新年の挨拶にちょろっと我が家に顔を出した息子の友達が、そう不満気にいっていた。
居間でゲームをしていた息子の肩を小突いて、「おまえ、いいなぁ。そのまま上の高校かよ」だって。
あたしは心のなかで「バカいうな!」と叫んだ。息子は声に出していっていた。いやあ、久々に親子で心が通じ合った瞬間だった。
「俺だって、大変だったんだっ」と息子。
ほんとうに。まさか冬休み前、中学3年生の二学期の終わりに、こんなに学校にプレッシャーをかけられるとは思っていなかった。
中高一貫校とは、中学から高校とエスカレーターでそのままいける学校じゃなかったみたいだ。
一定数の肩たたき、リストラがあるという。PTAのお母さん同士で、そんな噂が飛び交っていた。なんでも、親が学校から呼び出され、先生から、「違う高校へいかれたほうが、お子さんは伸びるんじゃないか」などといわれてしまうとか。
うちはその可能性がゼロではなかった。以前から、そういうニュアンスのことはいわれていた。が、先生にそうはっきり告げられたら、「いえいえ、うちはこの学校がいいです」と答えればいっか、そう考えていた。
「甘いわっ。有無をいわさず、自主退学に追い込まれるんだよっ」
そんな現実を教えてくれたのは、息子とおなじ学校の同級生のお母さんYだった。
Yとあたしは年齢が一緒。息子も寮生だ。
名前で呼び合うくらい親しくなったのは、お互いの息子が、学校呼び出され率、ナンバーワンの座をせっているからだろう。
もちろん、こんな重い話は、電話でできるもんじゃない。あたしたちは、たまたま現地(学校のある場所)で会ったわけじゃない。
二学期のはじめ、その時もお互いの息子がやんちゃして、学校から呼び出されていたのだった。
「いっとくけど、これは噂じゃないから。恥を忍んでいうけれど、うちが今、そういわれている。期末試験でどうするか判断を下すって。三学期、うちの子が学校から消えていたら、そういうことだから」
Yはそう一気に捲くしたてた後で、「おたくは大丈夫?」と小声でつぶやいた。
うちもまずいんじゃないか。かなりまずいんじゃないか。赤点だってポツポツある。
Yがいうには、期末試験後、冬休み前の三者面談でジャッジを下されるんだそうだ。彼女とうちの違いは、息子の担任がはっきりいう人かそうでない人かの違いだけ。
「どうしよ」 あたしがつぶやくと、 Yは、「どうしよって、子どもに勉強をさせるしかないっしょ。期末試験で結果を出すしかないっしょ。じつはもうあたしはこっちに部屋を借りている」と答えた。そうだよなぁ、それしかないよ。勉強嫌いの息子たちが、お尻に火がついた現状を踏まえて、いきなり真面目に勉強をしだすとは思えない。だったらもうやってるっちゅーの。
去年の10月、あたしも学校前のアパートを借りることにした。敷金・礼金ゼロの物件だ。
そして、年末の期末試験の一週間前から、 あたしとYは息子たちを寮から出し、そのアパートで勉強させた。もちろん、あたしとYとで阿吽の像のように、息子らを見張ってやらせたのだ。
その結果、うちの息子とYの息子は無事、高校にあがれることになった。三者面談の後、あたしたちは息子を寮に残し、朝まで飲んだ。何回乾杯しても、したりない気がした。そのくらい、あたしたち母は頑張った。勉強嫌いの息子らも、よくやった。
――という話をかいつまんで、地元公立受験組の息子の友達にした。友達は自分の頬を両手でぴしゃりと叩き、「俺もやらなきゃ!」と大声で叫んだ。
「そうだ、やれ!」あたしはいった。それから、ゲームをしている息子の尻を蹴飛ばした。
「おまえもやれ! 高校は留年があるんだぞ」
帰り際、息子の友達に買っておいたお守りを渡した。ご利益があるといわれているお寺の、合格祈願のお守りだ。ちなみにあたしと息子には、家内安全のお守りにした。平穏無事な、のほほんとした日常を希望して。
室井 佑月(むろい ゆづき)
1970年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ〜ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
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