2016年04月20日10時00分

進路相談 室井佑月



イラスト:北川原由貴



 この春、息子は中学校から高校へ上がる。上がるという言い方をするのは、中高一貫校だから。

 中3の2学期までのテスト結果で、下位5人くらいの生徒の親が学校に呼び出され、先生から「ほかの学校に進んだほうがいいんじゃないか」というリストラ宣告があるらしいとの噂が流れていた。
 あくまで噂ね。

 最低限のPTAのつき合いだけじゃ、よくわからない。仲の良いお母さんたちも、他人の噂話をあまりしない。

 それでも、息子や息子の友達たちの話を聞くと、同級生がすでに7、8人学校からいなくなったようである。

 本人や親の希望であるのか、学校からリストラ宣告を受けたためなのか。お別れ会などもなく、すーっと消えるようにいなくなるそうだ。

 「学校の怪談みたいだ」

 あたしがそんな風にいったら、息子は機嫌が悪くなった。
 「その話は、ちょっと笑い話にできない。同級生が急にいなくなるんだぜ」
 「純粋に成績だけの問題なのかね」

 あたしが訊ねると、息子は首を左右に振った。
 「わからない。いなくなった同級生になにが起ったのか。俺が次にその立場になって、はじめてわかるんじゃね?」

 怖いこというなっ。それこそほんとうに笑えない。

 成績が良くない、素行も良くない、おまえはきっと、ぎりぎりで高校に上がれたのじゃ。提出物くらい、きちんと提出しろっ。

 それにしても、テストをすれば上から下まで順位は出るのだし、いちいち下を切っていくってどうなのか? キリスト教の学校なのに慈悲がない。

 とりあえず高校へ上がっても、その先にまだまだ怖い噂があるのだった。

 高校からはリストラではなく、「もう1年、おなじ学年で勉強したほうがいいんじゃないか」という留年宣告なんだとか。

 出来ない子の親は、子どもがこの学校にいるかぎり、怯え暮らさなきゃならないようだ。まるで、親子して薄い氷の上を歩いているよう。

 学校から手紙が送られてきたり、電話があったりすると、
(とうとうか……)
 そう思い、一瞬、目の前が真っ暗になる。

 今回も、学校からの手紙の封を開けるのに時間がかかった。開けてみたら、進路相談の案内だった。将来なにになりたいのか。そのためには、理系を選ぶべきなのか、文系を選ぶべきなのか、担任を交えて三者面談を行うという。

 目先の恐怖に怯える親子に、そんな先のことまで考えられるわけがない。が、一応、三者面談前に息子と話し合ってみた。

 「将来、どうする?」とあたしは訊ねた。
 「知らね」と返事がかえってきた。
 「知らないじゃすまないよ。自分のことだろ。高校から授業選択で、理系か文系か、選ばなきゃならないんだから」
 「それは決めてる。俺、文系。物理、死ぬほど嫌いだから」

 ○○(将来の職業)になりたいから理系、××になりたいから文系、ではなかったわ。古文と物理、どっちが嫌いかという低次元な話だったわ。ま、あたしも10代の頃はそんなもんであった。

 しかし、息子のことを考えれば、今のうちから具体的な進路を決めておくほうがいいのかもしれない。目指す学部ぐらいは。でないと、余計な勉強にも力を注ぐことになる。

 あ、学校や先生は余計な勉強などない! っていうに違いない。正論だ。無駄な知識などない! というような。

 けど、うちの息子は、ものすごーく勉強が嫌いだ。少しでもやらねばならないことの、分量を減らしたい。リストラの恐怖の次は留年の恐怖があるわけで、そこをぎりぎりクリアして、大学受験という勝負に挑まなきゃならないのだ。

 ふいに、息子が口を開いた。
 「そういえば、この間、将来についてのアンケート調査があったよ。俺、適当に書いておいた」
 「なんて、記入したの?」とあたし。
 「よくわからないから、『国を動かす人』って書いておいた。ほら、あんた(あたしのことです)、俺が子どもの頃からよくいってるじゃん。『男として生まれてきたからには、国を動かすような人間になれ』って」

 たしかに、あたしはそういって息子を育ててきた。男なら、国を動かすような、デカい人間を目指せと。

 間違ってはいないと思う。ただ、中学3年の三者面談の進路相談で、その答えはアリだろうか。先生は、ふざけていると感じただろうか。

 それが、あたしたち親子の真面目な夢だったとしても。






室井 佑月(むろい ゆづき)

1970年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ〜ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。


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