2016年07月13日10時00分
おなじ轍を踏むな!
イラスト:北川原由貴
地方の中高一貫校に通っている息子は、無事、高校生になった。親のあたしはここでホッと一息つきたいところであるが、そうもいかない。
中学部での転校勧告、「高校は別のところに行かれた方がいいんじゃないんですか」という学校側からのアドバイスを受けることは免れたけれど、高校部では留年通知があるという。
「君、もう一年、おなじ学年で頑張ってみようか!」というアドバイスをいただく可能性があるんだとか。
これってアドバイスなのだろうか。学校からそういわれ、「いいえ、うちは順当にみなさんと一緒に卒業で」そう答える根性ないわ。
なので、出来の悪い息子の成績を少しでも上げるべく、寮はそのまま在籍にし、学校の近くに家を借りた。去年の11月のことだ。家庭教師をつけるために。
あたしは仕事を調整し、週末だけ地方のその家に通っている。
身体もキツいし、金銭的にもキツいし、だいたいここまで過保護にするのはどうかと思う。が、結果、やって良かった。
もっと早くにそうすべきだったと今なら思う。
成績はするすると真ん中ぐらいまで上がった。家庭教師が良かったというよりも、学校から出された宿題をきちんとやるようになったからだろう。家庭教師と一緒に。
そして、成績が上がりだしたら、週末あたしがいないときも、宿題をするようになった。
もちろん、おなじ学校の出来すぎ君たちは、親がここまでしなくても、自分から勉強をする。宿題も提出する。が、仕方ない。うちの子はうちの子だ。
あたしも学生時代は宿題をやらなかった。その結果、席次は下から数えた方が早かった。なぜ、あたしは頑なに宿題をやらなかったのか。
思い返せば、学校から出される宿題は2種類だった。ひとつは毎日のように出される小テストの直し。テストは英単語や漢字、簡単な計算問題だったりした。
前日まったく勉強していないあたしの答案はペケばっかり。ペケの部分は10回ずつ書かされたりする。点数が悪ければ悪いほど、宿題の量は増えていく。
もともと家庭学習が嫌いなあたしであったから、宿題を溜める。最後には、(こんなにやらされたら、腱鞘炎になっちゃうわ)と諦めた。
もうひとつの宿題は、その日の授業のおさらいプリントだった。もろに定期テストに出る内容の。
しかし、片方の宿題をやらないと決めたあたしは、もう片方をやっていったところで意味がない、と思い込んでいた。どうせもう片方をやっていないから、叱られるんでしょ、と。
手をつけていないプリントは、思い入れもないので、すぐに無くした。テスト前に、教師から範囲をいい渡され、プリントを無くしたことに気づく。宿題プリントと、その翌日に配られる解答プリントが大事だと気づくのは、
(今のままではヤベェ。今回はちょろっと勉強してみっか)
そう根性を入れ替えたときなのだが、その根性の入れ替えは一瞬で終わる。
(授業中に取ったノートを見れば、なんとか……)
と思い直してみても、宿題もやらない、プリントも無くすあたしは、もともとだらしがない人間だから、ノートも満足にとっていないor書かれた字が汚すぎて読めないのだった。
となると、もうお手上げ状態。テスト範囲はわかっていても、なにをどうしたらいいのかさっぱり、みたいな気分になった。
友達にノートを見せてもらったりすればいいのだが、成績が悪い自分が急に勉強するのは、恥ずかしいことのような気がした。勉強をしだしたくせに、また赤点だらけだったら、周囲に馬鹿がバレてしまうと思っていた。
今、考えれば、それこそ馬鹿な話である。けど、自分はやらないから出来ないと思っていたし、周囲からもそう思われたかった。あいつはやれば出来るんじゃないか、そういう期待を少しでも抱かせておきたかった。
くだらない見栄だ。ほんとうに馬鹿だった。
息子はあたしの子であるから、きっとおなじ道を辿っていたのだろう。であるとすれば、無理やりでもいいから軌道修正をするしかない。
なぁに、線路をちょっとズラしたところで、なにも問題はない。勉強に対して「自分はこうしたい」という思い入れもないから。
たぶんそうだろ。いや絶対にそうだろ。
息子よ、あたしとおなじ轍を踏むな!
室井 佑月(むろい ゆづき)
1970年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ〜ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
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