2016年08月17日10時00分
なんでだろ、 この結束力
イラスト:北川原由貴
息子に中学受験をさせ、私立中高一貫校へ入れてから、よくそのことを訊ねられる。
うちの息子がどうのって話ではなく、小学生の子を持つ親御さんから、
「じつは、うちの子まだ低学年なんだけど、中学受験やらせるべきですかね?」とか、
「ほんとのところ、私立中高一貫校ってどうなの?」
というようなことを。
大抵、仕事先で出会った、自分よりひとまわりくらい年下のマスコミ業界の人に訊かれることが多い。ま、あたしの行動範囲は狭いので、そういった人たちとしか出会うこともない。
中学受験をするかしないか悩んでいる方には、まずお子さんがどういう子なのかを教えてもらう。
ものすごく優秀で出来が良いと聞けば、
「どこへいっても大丈夫でしょう」
そうあっさり答える。だって、その通りなんだから。どこの学校へ進んでも、困らないじゃない?
成績に波があるとか、学校の宿題さえやらないとか、やんちゃで成績が悪いとか、だらしなくて幼すぎるなどと聞けば、
「あたしだったら、まだ親のいうことを少しでも聞く小学生のうちに受験させ、どっかの中高一貫校に突っ込んでおく」
と答える。それから、おなじ業界にいる気安さで、ぶっちゃけ話をはじめる。
「私立の中高一貫校は、中学のときは高校に上がれるかどうか、高校になってからは留年にならないかどうか、たえず気にしないといけない。つまり、目に見えない圧力から本人が逃れられない。その厳しさの中で、少しはまともになるさ。少~しだけど」
そして、こうもいっておく。あたしがいちばん、教えたいことだ。ここからがぶっちゃけ話。あたし自身、こんな予定じゃなかったと、いちばん驚いたことだったから。
「でも、考えてるよりお金がかかるぅ。授業の進むペースが尋常じゃなく早いから、一旦、落ちこぼれてしまったら、家庭教師とか個別指導とかを頼む羽目になる。そこまでいったら、親は知らんぷりできないの。先生に呼び出されて、どうにかしろっていわれるんだから。家庭教師や個別指導にかかる金は、中学受験塾の比じゃないわい!」
「ちなみにおいくら?」
「そうね、去年の夏休みは、このくらいかかったかな」
指で数字を伝える。相手が仰け反ったら、あたしは悲しく微笑む。
笑う以外にない。あたしだって、こんなはずじゃなかった。なけなしの、老後貯金に手をつける日々。
それから、至極稀ではあるが、うちの息子が地方の寮のある学校に通っていることを知っていて、そのことを訊ねられることもある。
「中学から寮ってどうなんですか?」と。
そういうときは冷やかしで訊ねているのか、少しでもその気があるのかを確かめる。
少しでもその気である人には、まずその子の性格を訊いてみる。そして、寮生活に合いそうだと思ったら、前のめりになって、寮生活について話す。
「おなじ釜の飯を食べている人間の結束って思いのほか強いんだよ。成績から好きな子のこと、内緒なんてないの。親や兄弟より、深い話をしているかもしれない。たとえば、成績が悪くてリストラされそうな子がいると、定期テスト前は、みんなで交代でその子の家庭教師をする。この前は30分交代、10人くらいで1人にそれをしてた。消灯時間が過ぎても、見張りの人間を立てて、トイレで勉強してたって。みんなで卒業しような、って。……いい話でしょ。ほかにも、あるんだよ。たとえば、誰かが女の子とはじめてデートすることになると、女の前で恥をかかないよう、みんなでカンパする。直前には、お洒落なやつがファッションチェックをし、OKをもらったら、みんなに「がんばれよ」っていわれ、制汗剤の『GATSBY』 を振りかけて送り出してもらう。……あ、寮生は貧乏だから、『GATSBY』は高級香水。デートのときは『8×4』ではなくて、『GATSBY』らしい」
大抵の人はげらげら笑う。でもって、
「いいじゃん。マジでうちの子も寮のある学校に入れようかな」
なんて返事をもらうと、あたしは嬉しくなって、握手をしてしまう。
仕事ではあまり使わない携帯電話の番号を教える。
「なにかわからないことがあったら、いつでも気軽に電話して!」
なんでだろ、こういう気持ちになるのは。
寮生だけじゃなく、寮生の親であるあたしにも、いつの間にか、変な結束力みたいなものが生まれている。
室井 佑月(むろい ゆづき)
1970年、青森県生まれ。ミス栃木、レースクイーン、雑誌モデル、銀座の高級クラブでのホステスなど様々な職を経て、97年、「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」コンテストに入選。以降、「小説現代」「小説すばる」などに次々と作品を発表し本格的な文筆活動に入る。『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花(あかいはな)』(集英社)、『piss』(講談社)、『ドラゴンフライ』(集英社)、『ぷちすと』(中央公論新社)、『クルマ』(中公文庫)、『ぷちすとハイパー!』(中央公論新社)、『ママの神様』(講談社)などの長編・短編・掌編小説を多数刊行。一躍、人気作家への階段を駆け上がっていく。『ラブ ゴーゴー』(文春ネスコ)、『作家の花道』(集英社文庫)、『ああ〜ん・あんあん』(マガジンハウス)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)などの痛快エッセイも好評を博す。現在、『ひるおび!』(TBS)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)などのテレビ番組にレギュラー出演中。
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